Niceratus Kiotoensis

たまに絵を描く弱小古典語屋
個人インスタンスAriadnaの管理者

Niceratus Kiotoensis
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きびしい

1 hour ago
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文献講読系の演習で「すみません,予習が尽きました」と言うのが何より恐ろしかったのは,私自身としては「予習もしてこない奴は大学を辞めてしまえ」とでも言われた方が実はまだマシで(真っ黒なアカハラですが),「そうですか,ではまた来週」などと笑顔で切り上げられた日には「ああ何一つ期待されてないのだな」と現実を突きつけられることになるわけでその方がダメージが大きいというのがあります…

1 hour ago
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これは,銃からの推定身長2m越え説のあるFive-seveNにバレーユニフォームを着せた絵…
Five-seveN | Νικήρατος pixiv.net/member_illust.php?mo

15 hours ago
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7月末に出ていた新刊
近現代日本の「反知性主義」 - 株式会社 明石書店 akashi.co.jp/smp/book/b472221.

19 hours ago
Niceratus Kiotoensis
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「娯楽」の変換忘れです

20 hours ago
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ratio(理性,計算)が,ルクレーティウスの場合には直接目に見えない極小の原子の存在とその運動を「推論」するための作用として「小さなもの」に向かっていたのに対して,マーニーリウスの場合のそれは天ないし神と人とを繋ぐ共通項としての,またその小さな人間が宇宙を把握するための手段としての「理性」であって「大きなもの」へ向けられており,しかもそれは同時に誕生占星術が必要とする精緻な「計算」でもあると言える.

23 hours ago
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ジャグリングの世界には投げるものの高さと渡る先の手を数字で表し,技のパターンを数列で表現するサイトスワップという技法があって,あれにハマる人は車のナンバープレートとかを見てジャグリング出来るか計算したりするらしいのですが,以前は「変態じゃん」と思っていたのも今なら気持ちがわからなくもない.

23 hours ago
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そういえば(と言うのもあまりな話だが)FEの勉強をしていたとき,2進数の計算や10進数との変換(あれは退屈と言う人も居るけれど)が面白くて,目に入った数字を2進数に変換したり2^nを暗記したりしたのが計算の面白さを思い出した直近の体験.

23 hours ago
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あった.pp.53-59が「数字計算とガウス」という章で彼の計算術とその面白さが紹介されている.
「ガウスに取っては数字的計算は苦痛でなくてごらくであったのである.彼が天文学上の計算に多大の時間を費すのを見かねて,助手として検算家のダーゼ(Dahse, 素数表の計算者)を推薦したものがあったが,ガウスはそれを斥けて『予が従来行った無数の計算に於て,単なる機械的の計算を有するものから有効なる助力を得たろうと思われる場合はない』と言うている」(p.53-54)
またガウスは幼時すでに素数および素数冪の逆数を計算した表を作成していたという話がこれに続いている.

1 day ago
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来てしかるべき連絡が来ないが待つことしかできない

1 day ago
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ゾンビアニメというと『さんかれあ』もよかったですね

1 day ago
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ちょっと不思議に思っていることとして,フィールズ賞が創設されたのは1936年,ハウスマンの『アストロノミカ』校訂注釈書の第5巻分が出たのが1930年(ハウスマン自身は1936年に没する)でそれから間もなく,今でこそ「数学のノーベル賞」とも呼ばれる賞のメダルに相応しいラテン詩を選んだものだと思えるが,その当時にそこまで考えて選文できたのか(だとすれば何故か)という問いがある.

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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こういう時代的にキワキワのケースをOLDでだけ見るのは不安なのでLewis & Shortも引くと,更に時代が下ってクラウディアーヌスにも例があった.scandere qui nescis, versiculos laceras (Claud. Epigr. 29.2)

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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今ちょうどインドの詩文の話をした後で読み直したから気づいたけども《上る,登る》という意味のscandoには《韻律を計る》という意味もあるようだね(OLD s.v. 6 'to scan (a verse)', ただし用例は紀元後2世紀のTrentianus Maurusのみ).

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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メダルの文は原文を少し変えていて,もとのものを文脈を含めて訳出すると,
quod quaeris, deus est: conaris scandere caelum
fataque fatali genitus cognoscere lege
et transire tuum pectus mundoque potiri. (Man. 4.390-392)
貴方が探究しているのは神なのだ.あなたが努めているのは天を昇ること,
運命の法に従い生まれながらその運命を知ること,
自らの胸の内を超え出て,宇宙を我が物とすること.

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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マーニーリウスを知らない人に説明するとき,多分一部の界隈の人には「フィールズ賞のメダルに刻んである詩を書いた人です」と言うのが一番食いつきがいいかもしれない.
transire suum pectus mundoque potiri
en.wikipedia.org/wiki/Fields_M

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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実は西洋古代の文学における数学の伝統の中の小さからぬ部分を,ローマの詩人マーニーリウスの『アストロノミカ』も占めているのですが,そのことはごく最近までほとんど顧みられてはおらず,2011年にP. Glauthier氏が出した博士論文の中でこの問題がよく掘り下げられています.
Science and Poetry in Imperial Rome: Manilius, Lucan, and the Aetna doi.org/10.7916/D8057NWX

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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ギリシア・ローマ世界では算数ないし数学を韻文で扱うということは,全くないわけではないがどちらかというと多分に衒学的なあるいはソフィスティケイトされた形であるのに対して,インドでは数学と詩が完全に調和的なものとして捉えられているのは面白い(立派な学者は数表を優れた詩文に昇華できるしそういうものを大量に暗記している).今でいう文理融合的な感じ.

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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林隆夫『インドの数学――ゼロの発明』(中公新書,1993年)
矢野道雄『インド数学の発想――IT大国の源流をたどる』(NHK出版新書,2011年)
が非常に面白くためになる本です.

1 day ago
Niceratus Kiotoensis
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ところで,インドには数字と音素を対応させて表記するアールヤバタ式記数法なるものがあり,他にも数と特定の単語を対応させた体系を用いて数を意味のある文に変換する「ブータ・サンキヤー(事物数)」という方法があって,これによって詩文として意味を成しつつ数表にもなっているという文献が存在しているということを最近学んで非常に感動しました.

1 day ago